!!!方谷が4才で字が書けたって本当? 方谷の両親にとって山田家の再興にかける情熱は、現在では理解に苦しむほどすさまじい物でした。 封建社会の当時、百姓が藩で士分に取り立てられお家の再興を果たす唯一の手段は、「学問」でした。 学問で藩に認められることにより、百姓でもサムライになれる、方谷の両親は、息子阿リンにそのすべてを託し学問に邁進させました。 方谷はそんな両親の期待を一身に背負い、3才で漢字を覚え、4才には筆で大書した額字を神社の奉納するまでになっていました。 現在でもこのころの奉納額が中井小学校や神社などに残り、実際に見ることが出来ます。 額の端には方谷の4歳の時の手形が押され、その字の迫力とのギャップには今更ながら驚かされます。