板倉勝静肖像画 【いたくらかつきよしょうぞうが】 板倉勝静肖像画 板倉勝静(1823〜1889〕は嘉永2年(1849年〕7代目の備中松山藩主になりました。山出方谷を抜擢して藩政改革を成功させ.老中首座として幕府政治の中心で活躍したことは有名です。この肖像画はこうした勝静の姿が写実約に描かれでいます。束帯を着ており、衣装の模様など細部にわたって丁寧に描き込まれています。江戸時代以前の伝統的な肖像画のように平面的な描き方とはずいぶん異なっています。制作年は明らかになっていませんが.作者は平木政次(1859-1947)です。平木は幕末から明治にかけて.いち早く洋画を学んだ画家の一人でした。市には平木政次が摘いた勝静の肖像画がもう1点残されています、これは明治15年(1882年)の制作で同じように勝静の姿をよく伝えています。 2点とも市内の八重籠袖社に伝えられτいたものです。 -幕末辞典-