水野忠邦 【みずのただくに】 (1794-1851) 江戸後期の老中。唐津藩主から浜松藩主に転じ、寺社奉行・大坂城代・京都所司代などを歴任。1834年老中となり、天保の改革を断行したが、失敗して退いた。 -幕末辞典-