!!!京都遊学時の師匠は? 青年時代、方谷は4度遊学をしています。一回〜3回は京都、4度目は江戸でした。 最初の遊学は方谷23才の時で期間は約半年でした。 京での方谷の最初の師匠は、恩師丸川松隠の旧友で儒学者の寺島白鹿(てらしまはくろく)でした。寺島白鹿は丹波出身の儒者で、今日で朱子学を教えていました。 3度目、方谷27才の時の遊学では寺島白鹿のほか、儒学者の鈴木遺音の門も叩きました。 またその後生涯にわたり親交を結んだ春日潜庵と知り合ったのもこの頃です。春日は鈴木遺音の門下生でその後日本を代表する陽明学者の一人として数えられました。 方谷が陽明学に目覚めたのがまさにこの時期で、3度目の遊学を終える直前の天保4年(1833)には伝習録を読んで書いた「伝習録抜粋序」が残っています。 陽明学を知り、どんどん陽明学にはまり込んでゆく方谷と、国学の師である寺島白鹿との溝はその後どんどん深まり方谷の京での遊学はこの3度目が最期となりました。